第1話
「ヤバい、早くしなきゃ終わっちゃう」
薄暗い路地を全力で走る。仕事での筋肉痛が痛む。
「どゎ!?」
なにかにつまずき顔から地面にダイブする。
「うぐ…ぅ…ん」
かすかにうめき声が聴こえる。
セーフ、どうやら骨は折れてないようだ。
いまから数十年前、ボクらの世界は光を失った、そのことは人々の体に意外な影響を及ぼした。
最初に人々の生活のリズムが狂い始めた。機械の天井ができる前は朝というものが来ると明るくなり、
夜というものが来ると暗くなっていたらしい。
そのときはそのリズムに合わせて寝起きすればよかった。
けど、常時つきっぱなしの幽かな予備電源だけの世界、そこでは人は好きな時間に起きて、好きな時間に眠る。
眠りを妨げる強烈な光はない。
次に人々の体に異変が生じたのは天井の故障の数ヶ月後。子供たちの中で骨折をする子供が増えだした。
原因は日光の不足によるビタミンDの欠乏。
その後、この問題はサプリメントによって解決されたが、
お金がなくてサプリメントを買えない人々はいまだに骨粗鬆症などに苦しんでいる。
「おっと、急がなきゃ」
「お〜っと、勝負あったようです!」
もう少しで会場に入れるってところで実況が漏れ聞こえる。
間に合わなかったか……。
歩を緩めて実況を聴くのに意識を集中する。
「前回の大会から相変わらずの力を見せておりますトゥルーストレイダー、危なげなく準決勝にコマを進めます。」
ふぅ、どうやら兄さんは無事に勝てたようだ。
「インタビューをしたいところですが、
パイロットのポミュポチュマッチさんは残念ながら顔を見せてくれないようです」
立ち見客の忍び笑いが耳につく。
呆れた、相変わらずのふざけたリングネームだ。
「準決勝は優勝候補ナンバーワンのマジシャンとの試合、
トーレスト1のポミュポミュマッチさんはどのような試合を繰り広げるのでしょうか。そして次回のリングネームは!?
ではまた明日この会場でお会いしましょう」
帰路につく観客の流れに抗いながら兄さんを捜す。
この中でも兄さんを見つけられるはずだ。
といっても、別に兄さんの身長が3メートルあるとか、七色に輝く特殊スーツに身を包んでいるとかではない。
ましてや異星人というわけでもない。いや、異星人説はある意味近いかも。
人混みの遥か上、空中に黄色い奇妙な物体が浮かんでいる。
近くに行ってみるとわかるが巨大なプリンにメガネ、水色のヒラヒラのボディを付けた不思議な人工生命体、
所有者の名前をもじって名はキクプリン。
速攻でキクプリンの下に行くとメガネをかけた冴えない容姿の兄ちゃんが。
「兄さん!」
「おぉ、カブじゃないか。どうだった今日の試合は?」
兄さんがにこやかに尋ねる
「うん、えっと、それがさ・・・見れなかったんだよ。仕事が忙しくて。まぁ立見席なんだけどね」
「悪いなカブ。本当なら最前列の席を用意したいんだけど・・ほらオレ、インタビューはもちろん顔出しすらしないだろ?
委員会の受けが悪くてさ、融通が利かないんだよ」
兄さんの顔が曇る。それはたぶん、自分の活躍を見てもらえなかったことが残念だからじゃない。
「気にしないでよ、兄さん。史上初のトーレスト4完全制覇を果たせば委員会のほうから頭を下げてくるよ。
それにインタビューなんて受けなくて正解だよ。兄さんの姿を見たらファンががっかりしちゃう。
委員会の人にはそれがわかんないんだよ」
兄さんがすばやくボクの後ろに回りこみ頭にゲンコツを押し付ける。
「それはどういうことかなカブ君。ん?」
「冗談、冗談だから!!やめてよ!!」
痛い。だけど痛くない。ボクにとっては兄さんの悲しげな表情を見るほうが痛い。それなのに兄さんは力を緩める。
「けど、次はなんとかしてチケット用意するよ。相手はあのマジシャンだからね。最後になるかもしれない」
「そんなことないよ。兄さんはトーレスト1を優勝したんだ。1と2の出場資格はほとんど一緒なんだろ?
なら兄さんが最強なはずだよ」
「トーレスト1はマジシャンが出場してなかったからね。それに変則地形での戦いであるトーレスト1より
ベーシックな闘技場でのトーレスト2のほうが力量の差が顕著に現れる」
それを聞いてるボクの表情も悲しげだったのだろう。兄さんはボクの頭からこぶしをはなしその腕でボクの体を包み込む。
「とにかく、オマエにオレの試合を間近で見て欲しい。ただそれだけなんだ」
このときのボクは、人間が腕組みをするのは心臓を腕で覆うことによって安心感を得るためだったな、
とか関係ないことを考えていた。
このとき、ボクの背後で兄さんがどんな表情をしていたかを知ることになるのはずっとずっと後、もしボクがそれを知っていたら
ボクはもう少しまともになれていただろうに・・・。
にいさんはこのときすでにこれから先のことを決めていたのだと思う。
よかった、試合はまだ終わってないみたいだ。
ボクはいつもの定位置に着き試合を見守る。定位置、つまり立見席のことだ。
兄さんは約束どおり最高の席を用意してくれた。
だけどボクはその席を使わないことにした。憧れの兄さんの試合だ、もちろん間近で見たかった。
だけど、だからこそ兄さんの力じゃなく自分の力でその席に座りたいんだ。
だから、兄さんからもらったチケットは金券屋に売った。
・・・20万ハーツで売れた。久しぶりにステーキ食べた、おいしかった・・・。
ってそんなことより試合試合。
兄さんの機体トゥルーストレイダーは相手の首をつかんで宙に浮かせている。
そこから相手のボディーを殴って試合終了。いつものパターンだ。
兄さんの試合を一度でも見たことのある人なら勝利を確信しただろう。
いや、兄さんの試合を熟知しているぐらいの玄人なら逆にこれからの展開を読めたかもしれない。
どちらにしろ、ボクにとって驚きの展開だった。
マジシャンの手足が外れて宙に浮いてるのだ。
図鑑に載ってたヘリコプターのようなプロペラも着いてないし、飛行機のような火も噴いてない、ただただ浮いているのだ。
その手足が兄さんのこぶしより速く兄さんに襲い掛かる。
兄さんからは死角になっていたんだろう、トゥルーストレイダーはつかんでいる相手の機体ごと吹っ飛ぶ。
そこで試合終了の笛、ボクは予想外の結果に言葉を失った。
「お〜っと決着がついたようです。今回の勝者は・・・ヘッドチューハーフ!!」
この相変わらずのネーミングセンスは、兄さん、兄さんに違いない。
でもなぜ?
周りの観客もボクと同じなのか隣の人と囁き合っている。
「説明しましょう。マジシャン、エレメンタルハーミットのコクピットは胴体にあったのです。
そして自分の攻撃で自分ごと相手をふっ飛ばしてしまった、もちろんその程度のことでエレメンタルハーミットはたいしたダメージは受けません。もちろん堅牢な装甲を持つトゥルーストレイダーもです。だがパイロットはどうでしょう?
そう、老獪なマジシャンの肉体ではその衝撃に耐えられなかったのです」
いつものように出入り口で兄さんを待つ。来た、走ってキクプリンの下へ行く。
少しでも早く決勝おめでとうと言いたかった。
あれ?いつもキクプリンと一緒の兄さんがいない。
キクプリンが触手?を僕の腕に絡ませて引っ張る。
どこに連れて行くんだ?。
連れて行かれた先は医務室。
ドアの向こうには足をつられた兄さんが。いままで当たり前のように試合のあとも笑顔だったけど、兄さんは戦っていたのだ。
いまさらながら過酷な世界というのを自覚する。やばい、なんか涙出てきた。
「泣くなよ。まぁこんな日もあるさ。マジシャン相手に勝てただけどもラッキーってな」
「どうすんだよ、次は決勝だろ?片足ぐらいなくても戦えるんだよね」
「う〜ん、オレのコクピットは車の操縦見たいなもんじゃないから厳しいかも」
「じゃあどうすんだよ!!」
さけんでもどうにもならない、わかってる。だけど一度穴の開いたダムからあふれる水を止めることはできない。
兄さんの指が静かに動く、人差し指が立っている。
その食指が指すのは・・・。
「ボ・・・ク・・・?」
とどまることを知らないはずの濁流が止まった。
「できるわけないよ、ボクなんかに」
「さっき言っただろ、トゥルーストレイダーは車とはちがう。オマエでも操縦は可能だ。それにコイツがいる。」
次に指差したのはボクの横に浮かんでいたキクプリン。
「こいつに言語プログラムをセットしておく、色々サポートしてくれるはずだ」
「それでも、それでもできるわけないよ、ボクなんかに。ボクは兄さんとは違う」
「大丈夫だ、オマエならやれる。オレは信じてる」
兄さんの目はまっすぐで、まったく曇りがない。
それは自分に絶対の自信があるものにしかできない目、そしてその兄さんがボクを信じている、ボクに絶対の自信を持っている。
だけど、だけど、ボクはそこまで自分を信じられない。
「そ、そうだ、今日の戦いでトゥルーストレイダーにもダメージがあるんじゃ?そうだよ、ならボクが乗っても勝ち目はないよ」
兄さんを裏切らずに戦いから断るには外に逃げ道を探すしかなかった。それが卑怯なことはわかっていた。
「・・・大丈夫だ、あれは自然に直る、そういう風にできている。」
「なにを言ってるの!?自然に直る?そんなの聞いたことないよ!!」
「カブ!!」
「な、なに?」
「オレはパイロットだ!!そしてカブ、オマエもパイロットになるんだ。パイロットはなぜを考えるんじゃない、だからを考えるんだ。
トゥルーストレイダーは完全な状態になる。問題はなぜ直ったかじゃなく直ったからどうするかだ」
兄さんが叫ぶのはどれくらいぶりだろう。そんなことを考えている間に兄さんの顔はいつもの笑顔に戻る。
「オレもこんな状態だし、安全とは言えない。あとはオマエが決めろ」
「兄さんはずるい」
このボクの言葉にも兄さんは顔を背けない。真正面から見据えてる。
「ずるいよ、そんな言い方されたら乗るしかないじゃんか」
このときのボクは笑顔だった。涙の痕が残った笑顔。兄さんも同じ顔をしていた。
あとがき
今日2回目の更新です。
ほんとはトリビアのほうを更新したかったんだけど、去年小説を書けなかった環境にいたせいか文字を書くのが楽しいんですよね。
トリビアのほうはネタはたくさんあるんだけど、なにから書いたらいいかわかんないんですよ。みんなも自分の知らないやつのトリビアばっかじゃいやでしょ?
ネオニートのほうはいろいろあって9月ぐらいまで実行に移せそうにありません。
とりあえず、震えるぞハートの第1話はこれにて閉幕ということで、次回から第2話ということにしようと思います。
突然のアクシデントで試合に出ることになったカブ君。彼は戦えるのか!?
とりあえず次回をお楽しみに。